2016年 08月 12日
いつのいうとおりだ |
ふくれあがった緊張状態はいまや耐えがたいまでになった。ベルガラスが今行なっていることは、とてつもなく深遠でいわく言いがたいものだった。今回はわきあがるうねりも、うつろな反響も感じられなかった。そのかわりにガリオンは老人の〈意志〉がいらいらするほどゆっくりと放出されていく、ちくちく刺すような不思議なささやき声を聞いていた。それは何かを繰り返し語っているようだっ避孕 藥た――意味がほとんどわかっているのに、直前のところでかわされているようなじれったさをガリオンは感じていた。
家の外で遊んでいた沼獣たちの動きがぴたりとやんだ。立ちつくしたまま一心に耳をすますかれらの足元で忘れさられたコケのボールがむなしく転がった。朝のひと泳ぎから戻る途中のポッピーとチューピクもまた凍りついたように動きを止め、水面から頭を出してベルガラスがやさしくささやく声にじっと聞き入った。それはかれらの心に直接ふれながら、話しかけ、説明し、教えた。動物たちの目がいっせいにすべてを理解したかのように見開かれた。
ようやくベルガラスが霧にけぶる柳の木々のあいだから姿をあらわした。老人の足取りは重くよろよろしていた。かれはゆっくりと家にむかって歩き出したが、途中で一回だけ足をとめて、戸口のまわりにたたずむ沼獣たちの驚いた顔をじっ避孕 藥とのぞきこんだ。そして深くうなずいて家の中に戻ってきた。かれの両肩は疲労にがっくりと落ち込み、白い髭を生やした顔には血の気がなかった。
「あなた大丈夫なの」ヴォルダイの声からもはや奇妙な平板さは失われていた。
老人はうなずくとテーブルの椅子にぐったりと沈みこんだ。「終わったよ」かれはただひとことそう言った。
ヴォルダイはじっとかれを見つめた。その目が疑惑で細められた。
「ぺてんなんかじゃない」老人は言った。「第一うそをつくほどの気力も残っちゃいないさ。さあおまえさんのいう代価は払ったぞ。そちらの都合さえよければ、われわれは朝食後すぐ出発したいのだがね。まだまだ先は長いのだ」
「言葉だけじゃ満足できないわ、ベルガラス。あなたは信用できないわ――あなただけでなく、すべての人間もね。わたしは代価の支払われた確かなあかしがほしいのよ」
だがそのとき戸口から別の不思議な声がした。ポッピーが毛むくじゃらの顔をしかめて必死に何かを言おうとしていた。「お、お、お」彼女はひどく口ごもった。唇をゆがめながらふたたび試みた。「お、お、お」それはポッピーにとって非常に困難な作業のようだった。彼女は深く息を吸いこむと再び口を開いた。「お、お、お、おかーさん」
ヴォルダイは低い叫び声をあげた。彼女は小さな獣の前に駆けより、ひざまずいて抱きしめた。
「おかあさん」ポッピーが言った。今度ははっきりした声だった。
すると家の外からいっせいに小さなかん高い声が起こった。それは次々に広がり、同じ言葉を繰り返した。「おかあさん、おかあさん、おかあさん」興奮した沼獣が続々と家のまわりに集まってきた。次々に水から上がってくるかれらの声が沼池にあふれかえった。
ヴォルダイが泣き出した。
「むろん、後はあんたで教えてやってくれ」ベルガラスが疲れた声で言った。「連中にしゃべる能力は与えたが、まだそれほど言葉を知らないのでな」
ヴォルダイは涙の流れ落ちる目で老人を見つめた。「本当にありがとう、ベルガラス」彼女の声は震えていた。
老人は肩をすくめた。「あげる物があればお返しをする、そういう取り決めじゃなかったかね」
三人を沼地から連れ出したのはチューピクだった。かれは仲間たちとあいかわらずかん高い鳴き声をかわしていたが、そのなかには人間の言葉がまざっていた。口ごもりがちで、しばしば発音は間違っていたが、たしかにそれは言葉になっていた。
ガリオンはさおを動かしながら、ある考えと必死に戦っていた。「おじいさん」ついにかれは口を切った。
「なんだね、ガリオン」老人はボートのへさきで体を休めながら言った。
「おじいさんは全部知ってたんだね」
「何をだ?」
「もしかしたら二度と魔法が使えなくなるかもしれないってことを」
ベルガラスはじっとかれの顔を見た。「いったい何だってそんなことを考えついたりしたんだ」
「おじいさんがこの冬倒れたときに、ポルおばさんがそう言ったんだよ」
「ポルが何と言ったんだと」
「だから、おばさんは――」
「それは聞いた」そう言いながらベルガラスは顔をしかめた。老人の顔は考えこ避孕 藥んだせいでしわくちゃになっていた。「いやはや、そんなことは考えてもみなかったわい」突如かれは目をぱちぱちさせて大きく見開いた。「だがあったかもしれんな。あの病気はたしかにそういった影響を及ぼしたかもしれないぞ。まったく何ともたまげたな」
「おじいさんは何ともないのかい――その、たとえば力が弱まったとか」
「何だって。いいや、むろんそんなことはない」ベルガラスはまだ眉をしかめていた。「いや、まったくたまげたな」老人は同じ言葉を繰り返すと、突然笑い出した。
「いったい何がおかしいんだよ」
「おまえとポルがここ何ヵ月か思い悩んでいたのはそれだったのか。おまえたち二人はまるでわしが薄いガラスでできてるみたいにまわりでこそこそ忍び歩いておったな」
「アンガラク人に知られやしないかと思ったんだよ。それにぼくらがおじいさんにも言わなかったのは――」
「わしが自分の力に疑いを抱かないようにするためか」
ガリオンはうなずいた。
by nianbingxice
| 2016-08-12 17:49